創作小説、魎哮偲人景の本棚です。
見方がわからない方は、
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無事に帰還した影人と驀を、黒哮は抱き締めた。
そして二人に囁く。
“とても、いい顔をしている。”と。
宮中に戻る頃には、驀もいつもの無表情を装っていたが、黒哮にはお見通しのようだ。
未だに驀は、笑顔を見せない。
だが、今回の出来事は、笑顔への第一歩となったことだろう。
これから、驀はもっと、本来の驀らしくなってくれる筈。
見たことのない、驀に。
「体が濡れているようだな。すぐに拭いて、新しい着物に着替えたほうが良い。風邪を引いてしまうからな。」
『大丈夫です…。お気遣い、感謝いたします…。』
「兄貴。あーまぁいいか。」
「なんだ?途中でやめるのは、良い事ではないぞ…。」
「遊女に評判を聞いてきたけど、聞くか?」
「遊女か…遊女…、まったくお前は…驀という娘が居ながら…」
「説教はやめてくれよ。一応、伝えておく。悪かなかったぜ。良かったな。」
「あぁ…。」
「兄貴、毎日政で頭が一杯なんだろ?」
「何故わかる。」
「弟だから…?つか、誰でもわかるよ。疲れた顔してる。気張らし相手も居ないからだろ?」
気張らし相手、と云うのはいうまでもなく、描命のことだ。
珠偲でも十分なのだが、やはりここは友の力が欲しいところであった。
「気分転換に、兄貴も遊びに行く?」
「そんな暇はない。毎日腐るほど書物が届けられ、一日中部屋に籠もっている。中でも人州からの書物は、尽河が書いただけあって、内容が無駄に長い。何が言いたいのか、途中までさっぱりわからぬ。」
『尽河様を解雇…人州長を影人様がされればいかがでしょうか…。』
「…それはならぬ。影人は私の弟であるが故、宮中から別の州長となることは出来ぬ。それにだ…。尽河には、才がある。まだ文書は下手だがな。」
「あぁそうだぜ。尽河は俺より頭が良い。しっかし兄貴。珍しく愚痴をこぼしたもんだな。」
「あぁ、ついな…。」
「人間らしいから…良いじゃねぇの。なぁ、おばく。」
そのようなことを問われても…と、驀は視線をそらした。
二人は笑みを浮かべ、驀の頭を撫でた。
やがて、影人と驀は部屋を出て行く。
止まっていた書物の続きを書き始めるが、しまったと思った。
まんまと逃げられたと。
気遣いのきかぬ弟め…。
怒りではなく、何故か笑いが込み上げてきた。
恐らく、影人と驀が、いつも通り揃っていたからであろう。
いつも、二人は共にあってほしい。
黒哮は心から、そう思っていた…。
罪国に到着した二人は、あまり目立たぬように歩を進めた。
この淀んだ空気、鳴愁の表情が険しくなる。
そこらじゅうから香る死臭。
今朝食べたもの全てを、戻してしまうかのような臭い。
蝿や蛆が集る死体。
その死体を食らう、獣人や召喚獣、はたまた動物。
「ッ……」
「静かだな。内戦は今のところ、起こってはいないようだ。」
「ッ…ウゥ…」
「鳴愁?吐くか?」
懸命に我慢する鳴愁だが、相当辛そうである。
「私も、かつてはそうであった。」
「……?」
「正常な反応だ。気持ちわりぃよな。」
「はい…。」
「ひとまず、罪国ってのは、こう云う国よ。さて、少し上空へ行き、上空から戦場を見極めるとしよう。」
ヒュン!
描命と鳴愁が上空へ行った途端、一本の矢が、描命目がけて飛んできた。
その矢を描命は、瞬時に切り裂く。
剣を抜く時間が、恐ろしく早いことに、鳴愁は驚く。
それと同時に、今自分は、命の危険にさらされていることに気付く。
まだ、不死契約もしていないというのに…。
「鳴愁は私の後ろに居ろ。」
「しかしっ」
「ほらっ!来るぞ!」
ビュッビュッ!と、勢い良く数十本の矢が襲い掛かる。
舌打ちをし、描命は刀を振るう。
無駄な動きのない描命を尻目に、鳴愁は“矢を放つもの”を探す。
何処だ…。
何処だ…!
目を懲らして探していると、飛馬が悲鳴をあげた。
「!飛馬!」
「クッ!矢が足に刺さりおったか!抜け!」
「はいっ…!」
勢い良く引き抜くと、飛馬から涙が流れていた。
傷口に、自分の服を破き、巻いてやると、飛馬は目を閉じ、鳴愁に顔をすりよせた。
しっかりしなければ…。
鳴愁は飛馬を撫でつつ、再び矢を放つものを探す。
かすかに光る、刃が見えた。
「居ました…。描命様。あちらの森林に、数十人の敵が潜んでおられます。」
「よし!して鳴愁、逃げるが上策か、それとも…」
「斬るのが上策…。描命様はこのまま剣をお振りになられたまま、飛馬を森林へ進めてください。私は貴方の後ろにつき、やつらの目を光によって眩ませましょう。」
「御意!」
飛馬の速度を早め、森林へ向かって行く。
描命が剣を振り上げると同時に、鳴愁から光が放たれた。
今だ!
光のなかで、何十人かを切り刻んで行く手応えがした。
描命が剣を振るっている最中も、鳴愁は前方だけでなく、後方にも光を放ってた。
隙は与えぬ。
与えるものか…!
やがて、人の気配は無くなり、光を放つのも中断した。
風景がだんだんと、姿をあらわす。
木の枝に数人、地面に数十人の罪人が、血を流していた。
中にはまだ生きているものも居たが、動ける傷ではない。
描命も、血を流していた。
返り血だけではないようだ。
足と腕の数ヶ所を、射ぬかれている。
一本一本、荒々しく抜き捨て、描命は鳴愁の方へ。
「早くこっから離れるぞ!」
「はいっ…!」
急いで飛馬を走らせ上空へ。
大分上まできて、罪国から外れた。
「フゥ…。まぁ、なんとかなったな。術を使えると、あんなに楽なのか。」
「…ッ……」
「ムッ?!鳴愁?!」
※
「黒哮よ。久方ぶりだな。」
「!母父…!」
いつも通り、創魎は突然現われた。
書物に埋もれる黒哮を、笑いながら。
「頑張っているな。しかしながら、頑張りすぎのような気もする…。その努力あって、瞰国は現在、誠安定しているぞ。」
「それが、何よりの報酬でございます…。」
創魎はきょろきょろと辺りを見回すと、一つの椅子にかけた。
うっすらと目を開き、椅子に触れている。
「描命の香りがするな…。」
「ついこの間も、そこに座り、私の二胡に耳を傾けていました…。」
「変わらず仲が良いようで、何よりだな。しかし、描命などどうでも良い。例の妄想軍師がおらぬぞ。」
「申し訳ない…。鳴愁…字を陰と申しますが、彼は現在、描命と共に出ておりますゆえ…母父には少しの間」
「待て…と?」
不機嫌な青年という表情を見せる。
黒哮は戸惑った。
しかし、待ってもらう他、方法がない。
「クク…。冗談だ。しばらく暇なのでな…待つのも悪くなかろうよ。」
「!感謝いたします…。」
「息子と過ごすのも、悪くなかろう…。近う寄れ。黒哮よ。」
創魎に手招きされ、黒哮は傍へ。
全身を眺めると、顔をしかめた。
そして、右目に手を触れる。
傷…。
なんと忌々しい傷であろうか。
可哀相に…。
「そのような悲しい顔、なさらぬでよい。」
「無理な話であろう。美しい顔立ちに、このような傷があってはならぬ…。」
「私の傷よりも、屡晃や描命の傷をお悔やみください。誠、悲惨でございます。」
「……出来るのであれば、螺国を沈めたいな。」
「天仙である貴方が、罪を負う事はありませぬ。心、御静め願う…。」
「…二胡を聴かせてくれ。昔、我が教えた曲を。」
「喜んで…。」
鳴愁の背に、一本の矢が刺さっている。
幸い急所を外れており、刺さりも浅い。
ただ、出血の量は多かった。
描命は矢を抜き、傷口に手をあてる。
痛そうに息を荒くする鳴愁に、飛馬も心配そうな眼差しを送っている。
「螺国には下りれん…。となると、朱国か。迷っている暇はない。飛馬よ。ちゃんとついてまいれ。」
いつもより速度を上げ、朱国へ急いだ。
だんだんと、城が見えてくる。
あそこなら、有能な治療巫女が居るはずだ。
受け入れられるかが、一番問題だが。
城門につくと、門番が険しい表情をしてきた。
警戒している。
だが、視線が鳴愁へゆくと、表情が変わった。
怪我人であったからだ。
「すまないが、治療巫女に会わせてほしい。私の軍師が、罪国で負傷を負ってしまったのだ…。」
「しかしながら、貴方が何者なのかわからねば、こちらも入れることが出来ませぬ。」
「瞰国の王、神戯妛之黒哮に仕える者だ。名は描命…。」
名を名乗ると、懐から紙を取出し、パラパラとめくる。
瞰国と書かれた紙に、ずらりと王族の名が並べられていた。
描命を確認すると、門番は笑顔で門を開いた。
「馬も中へどうぞ。」
「すまぬな。」
歩を進めて行くと、少女が鞠で遊んでいた。
その相手をする巫女が、こちらに気付く。
「朱霜(しゅそう)様。お父上のもとへ。」
「お客さま…?」
「そのようです。しかも、やけに臭う。さぁ、お早く。」
巫女に言われ、朱霜は足早に城の奥へ。
「朱霜…大巫女か。」
「左様でございます。して、あなた方は?…いえ、問う必要はありませんね。私は気透(きす)。あなた方の目的は私の力の筈。」
「流れ矢…いや、狙われたのだろう。こいつに刺さっちまって。」
「なんと汚い言葉使い。あ、申し訳ございません。今すぐ治療いたします。」
何やら、描命の喋り方が気にくわぬらしい。
朱国とはおかたい国なのか?
描命は口を尖らせる。
その表情も気にくわなかったらしく、顔をしかめた。
鳴愁の傷口に手をあてがい、何やら祝詞を唱えている。
ふわりと温かい風が吹くと、気透の手が、淡い緑色に輝きだす。
同時に、止血が完了した。
フッと、溜め息を吐くと、品のある笑みを浮かべた。
「幸い、毒は仕組まれていなかったご様子。彼は気絶していますが、
一日安静にしていれば、回復いたしましょう…。」
「助かりもうした。感謝いたす。」
「……描命殿…ですわね?」
「ん、あぁ、そうですが何か?」
「貴方は治療が必要ないのですか?」
「あぁ、不死だからな。このくらいは、擦り傷と同じよ。」
「そうですか。では、お早く湯を浴びてくださいまし。城の者が怯えてしまいます。」
そして二人に囁く。
“とても、いい顔をしている。”と。
宮中に戻る頃には、驀もいつもの無表情を装っていたが、黒哮にはお見通しのようだ。
未だに驀は、笑顔を見せない。
だが、今回の出来事は、笑顔への第一歩となったことだろう。
これから、驀はもっと、本来の驀らしくなってくれる筈。
見たことのない、驀に。
「体が濡れているようだな。すぐに拭いて、新しい着物に着替えたほうが良い。風邪を引いてしまうからな。」
『大丈夫です…。お気遣い、感謝いたします…。』
「兄貴。あーまぁいいか。」
「なんだ?途中でやめるのは、良い事ではないぞ…。」
「遊女に評判を聞いてきたけど、聞くか?」
「遊女か…遊女…、まったくお前は…驀という娘が居ながら…」
「説教はやめてくれよ。一応、伝えておく。悪かなかったぜ。良かったな。」
「あぁ…。」
「兄貴、毎日政で頭が一杯なんだろ?」
「何故わかる。」
「弟だから…?つか、誰でもわかるよ。疲れた顔してる。気張らし相手も居ないからだろ?」
気張らし相手、と云うのはいうまでもなく、描命のことだ。
珠偲でも十分なのだが、やはりここは友の力が欲しいところであった。
「気分転換に、兄貴も遊びに行く?」
「そんな暇はない。毎日腐るほど書物が届けられ、一日中部屋に籠もっている。中でも人州からの書物は、尽河が書いただけあって、内容が無駄に長い。何が言いたいのか、途中までさっぱりわからぬ。」
『尽河様を解雇…人州長を影人様がされればいかがでしょうか…。』
「…それはならぬ。影人は私の弟であるが故、宮中から別の州長となることは出来ぬ。それにだ…。尽河には、才がある。まだ文書は下手だがな。」
「あぁそうだぜ。尽河は俺より頭が良い。しっかし兄貴。珍しく愚痴をこぼしたもんだな。」
「あぁ、ついな…。」
「人間らしいから…良いじゃねぇの。なぁ、おばく。」
そのようなことを問われても…と、驀は視線をそらした。
二人は笑みを浮かべ、驀の頭を撫でた。
やがて、影人と驀は部屋を出て行く。
止まっていた書物の続きを書き始めるが、しまったと思った。
まんまと逃げられたと。
気遣いのきかぬ弟め…。
怒りではなく、何故か笑いが込み上げてきた。
恐らく、影人と驀が、いつも通り揃っていたからであろう。
いつも、二人は共にあってほしい。
黒哮は心から、そう思っていた…。
罪国に到着した二人は、あまり目立たぬように歩を進めた。
この淀んだ空気、鳴愁の表情が険しくなる。
そこらじゅうから香る死臭。
今朝食べたもの全てを、戻してしまうかのような臭い。
蝿や蛆が集る死体。
その死体を食らう、獣人や召喚獣、はたまた動物。
「ッ……」
「静かだな。内戦は今のところ、起こってはいないようだ。」
「ッ…ウゥ…」
「鳴愁?吐くか?」
懸命に我慢する鳴愁だが、相当辛そうである。
「私も、かつてはそうであった。」
「……?」
「正常な反応だ。気持ちわりぃよな。」
「はい…。」
「ひとまず、罪国ってのは、こう云う国よ。さて、少し上空へ行き、上空から戦場を見極めるとしよう。」
ヒュン!
描命と鳴愁が上空へ行った途端、一本の矢が、描命目がけて飛んできた。
その矢を描命は、瞬時に切り裂く。
剣を抜く時間が、恐ろしく早いことに、鳴愁は驚く。
それと同時に、今自分は、命の危険にさらされていることに気付く。
まだ、不死契約もしていないというのに…。
「鳴愁は私の後ろに居ろ。」
「しかしっ」
「ほらっ!来るぞ!」
ビュッビュッ!と、勢い良く数十本の矢が襲い掛かる。
舌打ちをし、描命は刀を振るう。
無駄な動きのない描命を尻目に、鳴愁は“矢を放つもの”を探す。
何処だ…。
何処だ…!
目を懲らして探していると、飛馬が悲鳴をあげた。
「!飛馬!」
「クッ!矢が足に刺さりおったか!抜け!」
「はいっ…!」
勢い良く引き抜くと、飛馬から涙が流れていた。
傷口に、自分の服を破き、巻いてやると、飛馬は目を閉じ、鳴愁に顔をすりよせた。
しっかりしなければ…。
鳴愁は飛馬を撫でつつ、再び矢を放つものを探す。
かすかに光る、刃が見えた。
「居ました…。描命様。あちらの森林に、数十人の敵が潜んでおられます。」
「よし!して鳴愁、逃げるが上策か、それとも…」
「斬るのが上策…。描命様はこのまま剣をお振りになられたまま、飛馬を森林へ進めてください。私は貴方の後ろにつき、やつらの目を光によって眩ませましょう。」
「御意!」
飛馬の速度を早め、森林へ向かって行く。
描命が剣を振り上げると同時に、鳴愁から光が放たれた。
今だ!
光のなかで、何十人かを切り刻んで行く手応えがした。
描命が剣を振るっている最中も、鳴愁は前方だけでなく、後方にも光を放ってた。
隙は与えぬ。
与えるものか…!
やがて、人の気配は無くなり、光を放つのも中断した。
風景がだんだんと、姿をあらわす。
木の枝に数人、地面に数十人の罪人が、血を流していた。
中にはまだ生きているものも居たが、動ける傷ではない。
描命も、血を流していた。
返り血だけではないようだ。
足と腕の数ヶ所を、射ぬかれている。
一本一本、荒々しく抜き捨て、描命は鳴愁の方へ。
「早くこっから離れるぞ!」
「はいっ…!」
急いで飛馬を走らせ上空へ。
大分上まできて、罪国から外れた。
「フゥ…。まぁ、なんとかなったな。術を使えると、あんなに楽なのか。」
「…ッ……」
「ムッ?!鳴愁?!」
※
「黒哮よ。久方ぶりだな。」
「!母父…!」
いつも通り、創魎は突然現われた。
書物に埋もれる黒哮を、笑いながら。
「頑張っているな。しかしながら、頑張りすぎのような気もする…。その努力あって、瞰国は現在、誠安定しているぞ。」
「それが、何よりの報酬でございます…。」
創魎はきょろきょろと辺りを見回すと、一つの椅子にかけた。
うっすらと目を開き、椅子に触れている。
「描命の香りがするな…。」
「ついこの間も、そこに座り、私の二胡に耳を傾けていました…。」
「変わらず仲が良いようで、何よりだな。しかし、描命などどうでも良い。例の妄想軍師がおらぬぞ。」
「申し訳ない…。鳴愁…字を陰と申しますが、彼は現在、描命と共に出ておりますゆえ…母父には少しの間」
「待て…と?」
不機嫌な青年という表情を見せる。
黒哮は戸惑った。
しかし、待ってもらう他、方法がない。
「クク…。冗談だ。しばらく暇なのでな…待つのも悪くなかろうよ。」
「!感謝いたします…。」
「息子と過ごすのも、悪くなかろう…。近う寄れ。黒哮よ。」
創魎に手招きされ、黒哮は傍へ。
全身を眺めると、顔をしかめた。
そして、右目に手を触れる。
傷…。
なんと忌々しい傷であろうか。
可哀相に…。
「そのような悲しい顔、なさらぬでよい。」
「無理な話であろう。美しい顔立ちに、このような傷があってはならぬ…。」
「私の傷よりも、屡晃や描命の傷をお悔やみください。誠、悲惨でございます。」
「……出来るのであれば、螺国を沈めたいな。」
「天仙である貴方が、罪を負う事はありませぬ。心、御静め願う…。」
「…二胡を聴かせてくれ。昔、我が教えた曲を。」
「喜んで…。」
鳴愁の背に、一本の矢が刺さっている。
幸い急所を外れており、刺さりも浅い。
ただ、出血の量は多かった。
描命は矢を抜き、傷口に手をあてる。
痛そうに息を荒くする鳴愁に、飛馬も心配そうな眼差しを送っている。
「螺国には下りれん…。となると、朱国か。迷っている暇はない。飛馬よ。ちゃんとついてまいれ。」
いつもより速度を上げ、朱国へ急いだ。
だんだんと、城が見えてくる。
あそこなら、有能な治療巫女が居るはずだ。
受け入れられるかが、一番問題だが。
城門につくと、門番が険しい表情をしてきた。
警戒している。
だが、視線が鳴愁へゆくと、表情が変わった。
怪我人であったからだ。
「すまないが、治療巫女に会わせてほしい。私の軍師が、罪国で負傷を負ってしまったのだ…。」
「しかしながら、貴方が何者なのかわからねば、こちらも入れることが出来ませぬ。」
「瞰国の王、神戯妛之黒哮に仕える者だ。名は描命…。」
名を名乗ると、懐から紙を取出し、パラパラとめくる。
瞰国と書かれた紙に、ずらりと王族の名が並べられていた。
描命を確認すると、門番は笑顔で門を開いた。
「馬も中へどうぞ。」
「すまぬな。」
歩を進めて行くと、少女が鞠で遊んでいた。
その相手をする巫女が、こちらに気付く。
「朱霜(しゅそう)様。お父上のもとへ。」
「お客さま…?」
「そのようです。しかも、やけに臭う。さぁ、お早く。」
巫女に言われ、朱霜は足早に城の奥へ。
「朱霜…大巫女か。」
「左様でございます。して、あなた方は?…いえ、問う必要はありませんね。私は気透(きす)。あなた方の目的は私の力の筈。」
「流れ矢…いや、狙われたのだろう。こいつに刺さっちまって。」
「なんと汚い言葉使い。あ、申し訳ございません。今すぐ治療いたします。」
何やら、描命の喋り方が気にくわぬらしい。
朱国とはおかたい国なのか?
描命は口を尖らせる。
その表情も気にくわなかったらしく、顔をしかめた。
鳴愁の傷口に手をあてがい、何やら祝詞を唱えている。
ふわりと温かい風が吹くと、気透の手が、淡い緑色に輝きだす。
同時に、止血が完了した。
フッと、溜め息を吐くと、品のある笑みを浮かべた。
「幸い、毒は仕組まれていなかったご様子。彼は気絶していますが、
一日安静にしていれば、回復いたしましょう…。」
「助かりもうした。感謝いたす。」
「……描命殿…ですわね?」
「ん、あぁ、そうですが何か?」
「貴方は治療が必要ないのですか?」
「あぁ、不死だからな。このくらいは、擦り傷と同じよ。」
「そうですか。では、お早く湯を浴びてくださいまし。城の者が怯えてしまいます。」
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